Re:Monster Wiki
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LN v08.5 005

弓天直下(きゅうてんちょっか)

〈ラン・ベルの過去〉


《時間軸:???》

 「グゥルルルオオオォウ!」  鬱蒼(うっそう)()(しげ)(やぶ)と藪の間に身を潜め、気配を隠していると不意に、私――ラン・ベルの相棒であり家族でもある猟虎(イェーグ)ロボロの咆哮(ほうこう)が聞こえた。

 弱者を攻め立てる魔力の(こも)った咆哮は、風が複雑に吹くここ――《アグバナヤ疾風森》の中でもよく響く。

 風の音に(まぎ)れてやや乱れてはいるが、その聞こえ方から、もう数百メルトルも離れていない距離から発せられたのだと分かる。


「グゥオウオウ!」


 そして咆哮は、こちらへと徐々に近づいてきていた。

 それと同時に、あえぐような荒い呼吸音や、藪が勢いよく揺れる音、()えるロボロから逃れるように硬い(ひづめ)が大地を蹴る音、隆起した樹木の根を飛び越えた時の僅かな着地音なども聞こえ始めた。

 息を潜めて耳を傾けていた私は、その他の様々な情報も全身で感じ取る。そしてまだ幼いながらも種族的に捕食者であるロボロが、今回の獲物である〝大風鹿馬(イッペラウィス)〟を予定通りに追い込んでいるのだと確信した。


(よしよし、そのままコッチに来い)


 草食性のモンスターであるイッペラウィスには、自分が作った獣道を通るという習性がある。

 身を隠せる大きさの植物の間を縫うようにして作られる獣道には、巣穴に向かう道や、好む草の群生地まで続く道だけでなく、命を狙う捕食者から逃げる時専用の逃走経路もある。

 今回はその習性を逆手(さかて)にとって、事前に逃走経路を割り出し、私はそこで待ち伏せしていた。予想もしていない余程のことがない限り、ここにやってくるだろう。あとは、ロボロに追い立てられたイッペラウィスを迎え撃つだけ。

 獲物の習性を利用した、単純な狩猟のやり方だ。

 万が一、イッペラウィスが恐怖のあまり獣道を見失った場合は、難度が高くなってしまっていただろうが、どうやら今回はそういうこともなく、獣道に沿って逃走しているようだ。

 素直な獲物というのは、それだけでありがたい存在と言える。


(さて、と)


 身を潜めている藪の中から獣道を(うかが)いつつ、私は安堵(あんど) と共に静かに精神を集中しようとする。

 しかしまだ一〇歳になったばかりの私は、この状況に気が(はや)るのを抑えられず、真新しい自作の弓矢を握る手に、自然と力が入ってしまう。

 緊張からか、手足や顔には汗が(にじ)み出ていて、呼吸もやや荒く早いことに気がつく。それに眼球が勝手にキョロキョロと動き、(せわ)しなく周囲を見回している。

 とてもではないが、集中しているとは言い(がた)い状態だ。

 これでは、矢を射たところで狙いを外すに違いない。今まで何千何万と射た経験からそれが分かった。


「ふぅー、はぁー」


 不調を認識した私は、丁度森を吹き抜けた風に合わせ、一旦構えを解いて大きく胸を広げるように深呼吸。

 大きな吸気によって肺腑(はいふ)に満ちた《アグバナヤ疾風森》の清涼(せいりょう)な空気が、身体に活力を与えてくれる。

 空気に混じる自然魔力(マナ)の恩恵もあるのか、やや(かす)んでいた視界がハッキリとした気さえした。

 そして古くなった空気を吐き出す呼気と共に、肩や手に入っていた無駄な力が抜けていくような感覚もあった。

 無駄な力が抜けたことで心身の調子は安定し始め、先ほどよりもグッと良くなってきた。

 そのまま深呼吸を繰り返すこと、三度。

 全体的にほどよく緊張が取れた後、一度眼にギュッと力を込め、改めてイッペラウィスがやって来る方向を見つめる。

 その際、殺意や焦燥感(しょうそうかん)などは極力抱かないようにする。

 狩りとは無心で行うことができて初めて一人前、私の師匠はそう言っていた。

 何故なら、気配が漏れて獲物に気がつかれると、直前で逃げられたり、反撃されたりする可能性が高くなるからだ。

 逃げられれば狩りに(つい)やした労力や時間や費用などは全く無意味なモノになってしまうし、反撃されれば死ぬこともあり得る。

 私もその通りだと思うので、極力この教えを守ろうと心掛けてきた。

 気づかれる前に射殺(いころ)す。反撃される前に射殺す。それが私達の狩りである。

 その為には、私という存在を見つけられないようにしなければならない。


(この好機、必ずモノにしてみせる)


 それに今回は、師匠から初めて許可された独猟(ヤーフェ)――自身と猟獣一匹だけで行う狩りのこと。と同時に、これを成功させることでようやく成人として認められる儀式――でもある。

 私達イル・イーラの民にとって、初めての独猟はとても大きな意味を持つ。

 それぞれの師匠から認められれば行うことができる独猟は、たとえ失敗しても、何度でも再挑戦が可能だ。

 しかし一度で達成した者と、二度三度と受けてやっと達成した者の間には、大きな(へだ)たりが出来てしまう(おきて)がある。


(失敗はできない。でもここで(あせ)るのは厳禁。焦れば全てが狂い出す)


 師匠や仲間と離れ、猟獣と共に獲物を探す独猟に一度で成功した者は、村において上位の階級にまで昇ることができる。実力次第だが、下位の階級の親の下で育った者でも、族長にすら成ることも可能だ。

 しかし逆に、最初の独猟に失敗した者は、その後どれほど功績を積んでもせいぜい中位の階級までしか昇れなくなる。族長や狩猟長といった上位階級の親の下で育った者でも、中位階級止まり。年を経て強くなったとしても、それは変わらない。

 だからより良い地位につく為には、まずこの独猟を成功させることが最低限必要だった。


(母さん、見守っていて。ロラ、お姉ちゃんはヤルから)


 私はできるだけ早く高い地位まで昇る必要があり、そうしなければならない理由がある。

 それは病弱な母と、まだ幼い妹を守る為。大きく強かった父がとあるモンスターの群れとの戦闘で戦死した結果、今は厳しい生活を送る家族の為に、足掻(あが)くしかないのだ。

 将来の為にも、ここで失敗することは許されない。

 そういった事情もあり、どうしても気が()くものの、師匠の『焦った時こそ自然となれ』という言葉を思い出す。

 正直意味はよく理解できていないけど、取りあえず普段の師匠の行動を見習うことにしよう。


「……ふぅ、はぁー。ふぅ、はぁー」


 深呼吸の後は、短く息を吸い、長く息を吐く。腹筋に力を込め、内臓の動きを意識する。

 そして体内で魔力を練り、全身を高速で循環させる。この時、少しも体外に漏れないように皮膚の真下で引き締め留める想像をする。

 すると肉体には普段以上に力が(みなぎ)り、五感はより鋭敏になる。

 これの名称は忘れてしまったけれど、ちょっと特殊な技術だそうだ。

 こういう時は、肉体強化系の【戦技(アーツ)】を使うのが一般的らしいけど、イッペラウィスのような臆病なモンスターはそれを感知する場合がある。

 しかしこれなら見つかり(にく)い、と師匠はよく言っていた。


「よし」


 ともかく、状態は整った。

 強靱でよくしなる〝風鈴竹(ふうりんたけ)〟と〝ガンブラズウッド〟、師匠が一人前の証としてくれた〝緑風竜(ウィンドドラゴン)〟の心筋で編まれた弦、その他各所をモンスター素材や魔法金属で補強した合成弓【バルバルドの風弓】。

 師匠と共に作ったこの自作の愛弓に、特製のクロナドム鋼製の鋭く黒い(やじり)が取り付けられた矢を背中の矢筒から抜いて(つが)え、ゆっくりと引き絞る。

 ギリギリと(きし)むような音が耳元で聞こえる。両腕だけでなく全身に力を漲らせ、力が抜けないように呼吸する。


(あ……来た)


 すると、自身の中だけでなく、周囲にまで満遍(まんべん)なく意識が通うような状態になり始める。最近、極度に集中した時に起こるようになった現象だ。

 それはまるで、自分という個が自然と一体化するような、不思議な感覚だった。

 考えるよりも先に理解する。

 眼で味わい、舌で感じ、肌で聞き、耳で嗅ぎ、鼻で見るような、全身の感覚全てで周囲を認識していくような、表現し(がた)い世界との一体化。

 追い立てる猟虎ロボロと逃げるイッペラウィスまでの正確な距離だけでなく、藪や木陰に潜む小動物や虫の気配といった僅かな生命の息吹(いぶき)すらも。木々や地面の隆起だけでなく、目には見えない風の流れすらも分かるようになってきた。

《アグバナヤ疾風森》は複雑に吹く風が特徴的な森である。

 思いがけず吹く風は、私達の匂いを獲物に運んでしまうこともあれば、放った矢をどこかに逸らしてしまうこともある。

 反対に、匂いを(さえぎ)ってくれたり、矢を速くしてくれたりなど助けとなる場合もあるが、意図して活用するには熟練の技と経験が必要だ。

 だからいつもは、風が助けとなるか障害となるか、それはその時にならないと分からない。

 風の気紛(きまぐ)れで泣くことも笑うことも、ここに住む私達にとっては日常の出来事だった。


(まだ(うっす)らとしか見えないけど……これなら)


 普段なら難しいかもしれない。

 けど今の状態なら、という思いが生まれた。

 まだ(うっす)らとしか見えない風の流れは複雑に入り組み、まるで生き物のように刻一刻と変化する。  その全てを見抜くのは難しい。というよりも、不可能である。

 どんな暴風の中でも百発百中で狙った獲物を射抜ける師匠は、普段からその風を見ることができると言っていたので、私も同じく意識しなくても見られるように精進しないといけない。

 そう思っていると、認識が次第にぼやけ始めてしまった。


(っと、集中集中)


 集中しないといけないのに、これではいけない。

 こうなると無駄な思考は邪魔になる。

 私は何も考えず、ただそれが自然であるかのように待った。

 姿勢は不動。まるで石のように動かず、弓矢を引き絞ったまま、イッペラウィスが来るであろう獣道に集中する。  既に距離は僅かしかなく、その時はすぐにやってきた。


「――ッ」


 背の高い〝アージャ草〟の隙間に造られた、敵対者から身を隠すのに適した獣道。

 そこを駆け抜けようとしたイッペラウィスを視認するよりも早く、私は矢を解き放つ。

 距離としてはまだ四〇メルトル以上あるだろうか。しかもその間には木々や藪、吹き抜ける風が障害となる。もう少し近づきたかったけど、これがこちらを察知されてしまわない、限界ギリギリの距離だった。

 普段の私なら、この状況で狙い通りに射抜けるのは十射中四射くらいだろうか。

 しかし放たれた矢は、ただそうなるのが当然とでもいうかのように、木々や複雑に入り組む風と風の隙間を縫いながら直進。まさに斜め前方からイッペラウィスが現れた瞬間に、その胸へと吸い込まれていった。

 クロナドム鋼製の硬い鏃が強靱な皮を穿(うが)ち、筋肉の鎧を貫き、硬い骨の隙間を抜け、力強く拍動する心臓を射貫く確かな手応え。


「ブィフィフィイイルルルルッ!」


 雄鹿のような長く大きな角を持ち、首を長い(たてがみ)で覆われた馬と表現できる姿のイッペラウィスは、矢の衝撃に走る勢いを落とし、しかし倒れることなく走り続ける。

 天敵に追われ、必死に逃げていたところに決まった致命傷。

 心臓を射抜かれ余命僅かな状態でありながら、その双眸(そうぼう)に宿るのは、自身を殺す者に対する激情だった。

 それは、怒りか憎しみか、あるいは恐怖か悲嘆か。どれが正しいのかは分からないけれど、胸に矢が突き刺さったまま走るイッペラウィスは私を見ていた。

 その()んだ双眸が私を見つめ、私もそれを見つめている。

 視線が絡んだのはごく一瞬のことだっただろう。

 身体に残された力の全てを振り絞るように、イッペラウィスは私に向かって突進してくる。それは逃走ではなく闘争の為の疾走だ。

 どこにそんな力が残っていたのか、グンッ、とその体躯が加速した。

 邪魔な藪は大きな角で()ぎ倒され、あるいは(ひづめ)に踏みつけられていく。イッペラウィスは最短距離を迷わず走って来る。


(ふぅ……はぁ……)


 イッペラウィスの大きな角で突き上げられれば、私は死ぬ。そうでなくとも体当たり一つで重傷は(まぬが)れない。体格差が大き過ぎて、受け止めることなどできるはずもない。

 また角に(まと)わりつく薄い風のベールは、矢の軌道を逸らす盾となる。先ほどの一矢は意識外からの攻撃だった為にさほど妨害されなかったが、今回は違う。真正面から射ても、狙いは外されるだろう。

 突進の速度的に、数秒も猶予(ゆうよ)はない。左右に回避しようにも藪などで動きを制限され、上に逃げようにも間に合わない。

 迫る死への緊張からか、ピリピリと皮膚が震え、身体は自然と反応する。

 逃げるのではなく、イッペラウィスという獲物を迎え撃つ為に。

 外せば死ぬが、それもまた狩りだった。

 命を狩る者は、同時に狩られることも覚悟しなければならない。

 それは誰あろう、師匠の言葉だった。


(…………)


 考えるよりも先に身体が動いていた。

 一切の遅滞なく背中の矢筒に入れられていた矢を抜き、【バルバルドの風弓】に番えて限界まで引き絞り、即座に射る。

 特に狙いはつけなかった。ただ、ソコだ、と思った瞬間に矢を放っただけだった。

 そして矢とイッペラウィスの距離は、一瞬にも満たない瞬間に埋め尽くされる。

 まず、矢がイッペラウィスの角が纏う風のベールの影響を受け、軌道を僅かに逸らされた。

 それは体表を削りながらも横を抜けていく軌道だった。致命傷には成りえない。普通なら、私は数秒後に轢殺(れきさつ)されていただろう。

 しかしビュゴッ、と《アグバナヤ疾風森》を巡る気紛れな風が突如吹いた。

 逸れるはずだった矢の軌道はまた僅かにズレて、僅かな抵抗を試みたイッペラウィスの心臓を射抜くこととなる。

 他の軌道だったならまず間違いなく外れていた。風のベールに逸らされ、《アグバナヤ疾風森》の風が吹いたことで出来上がった、ただ一つの道。

 それを、考えるよりも先に感じた、のだろうか。

 私自身、目の前の結果が信じられなかった。


「……ッ」


 ともあれ、流石(さすが)に心臓を二本の矢に射抜かれれば、生命力の強いイッペラウィスとてどうすることもできないのだろう。

 走る速度が目に見えて落ちたかと思えば、足をもつれさせ、地表にまで隆起した木の根に引っかかる。駆けていた勢いのままに、イッペラウィスの体躯は跳ね飛んでから転倒し、身体を(こす)りながら転がって来る。

 ズザザザ、と音を立てて数メルトルほども転がり、私のすぐ傍で停止した。

 地面に倒れたイッペラウィスの、弱々しく(うつ)ろな眼が私を見上げる。

 それを認識して、背中には冷や汗が滲み出た。


「ふぅ……よしッ」


 生命力の強いモンスターの一種であるイッペラウィスは、今のように心臓を射抜いても、しばらくは生きている場合が多い。

 仕留めたと油断すれば、その大きな角で突き上げられたり、強烈な後ろ足での蹴りを受けたりしてこちらが絶命することも有り得る。頭の良い個体になると、瀕死(ひんし)を装ってこちらを誘い、猛烈な反抗をしてくることもある。

 実際、以前師匠と共に参加した群猟(ナーフェ)――大人と子供が一緒に狩りに向かう、訓練の一つ――で、油断して近づいた子供が襲われた。

 近くに居た親が(かば)ったので子供は死ななかったが、親はイッペラウィスの角で突き殺されてしまった。

 今でも、その子の悲痛な泣き声が耳に残っている。

 だから最後まで油断はしない。というよりも、できない。


「今楽にしてやるからな」


 油断はしないが、このイッペラウィスにはもう立ち上がる体力も残っていないらしい。身体を起こすこともできず、小さく短い呼吸を繰り返している。

 しかしそれでも、手足を弱々しくバタつかせることを止めていない。

 まるで走って逃げるような動作だった。最後まで生き残ろうとする生命の(とうと)さがそこにある。

 だから狩りは最後まで油断してはダメだ。師匠も同じことを何度も言っている。

 そして獲物を無駄に長く苦しめてもダメだ、とも言っていた。

 私はそれに従い、トドメとなる三本目の矢を射た。それは狙い違わず眉間(みけん)を射貫き、イッペラウィスの生命を確実に終わらせた。


「キュゥ……ゥ」


 初めての独猟の獲物となった、一頭のイッペラウィスは死んだ。

 経験値を得た特殊な感覚が全身に走ったことからもそれは間違いないと確信しているが、それでも警戒しながらゆっくりと近づいて、本当に死んでいることを確認する。

 そこでようやくホッ、と息が漏れた。

 狩りは、狙う方も、狙われた方も、命を落とす可能性が消えることはない。どちらにとっても命がけだ。

 だから狩りが終わったこの瞬間に、少し気が抜けたのだろうか。自分自身情けないと思いながらも、それによってようやく現状を認識することができた。

 どうやら、緊張のせいで知らず知らずのうちに普段以上に力を使ってしまったらしい。全身に張り巡らせていた魔力も、無駄に多過ぎる。

 達成感と疲労感が一度に押し寄せてくる。

 普段以上に重い身体を引きずりつつ、それでも拳を握り、私は思わず空に向かって突き上げていた。


「取りあえず、これで初めての独猟、成功ねッ!」


 私達イル・イーラの民は、男は外で猟を、女は家で家事をするのが一般的だ。

 数がそれほど多くない私達にとって、生活を維持していくには役割を分担した方がいいのだから、それも仕方ないことだとは思う。

 しかし私の家族は父を五年前に失い、母は病弱で妹はまだ幼い。

 村の皆が多少は助けてくれるものの、男がいないと生活は苦しくなりやすい。

 それを何とかする為に、私はまず父の弓矢を手に取った。父の代わりに狩りをすれば、生活が少しは良くなると思ったからだ。

 体調を崩しがちな母には栄養たっぷりの肉が必要だ。妹を大きくするのにも肉が必要だ。

 肉は狩りをする者に優先的に回されるのだから、私が弓矢を手にして男達と共に戦うのは当然の選択だった。

 それに寒さをしのぐ毛皮や、細工することで外貨を得られる牙や爪などの材料の確保も重要である。

 ただ、辛いことは多かった。女の身で狩猟に勤しむ私は、何かにつけて同年代や少し年上の男共から色々と言われてきた。

『女の癖に』『婿(むこ)を見つけて家事をしろ』『股を開けばすぐに見つかるぞ』などなど。他にももっと(ひど)く、屈辱的な言葉もかけられた。

 彼らが、自分達を容易に超えてしまう私の才能を恐れたからこそそう言っていたのだとは、後から分かったが、それでも傷ついた。

 あまりにも心ない者は、父の親友だった師匠が蹴散(けち)らしてくれたから、そこまで気にせず暮らしてこられたけれど、そうでなかったらもう少し何かが違っていたかもしれない。

 しかしそんな侮蔑(ぶべつ)とも、今日でお別れだ。


「はー、良かった。これで師匠とも堂々と顔を合わせられる」


 私の眼下には、息絶えたイッペラウィスが転がっている。

 大きさからして間違いなく成獣だ。更に角の大きさからもそれなりの歳を経た個体だと推測できるものの、経験の浅い私では正確な年齢の断定は難しい。

 しかし、幼獣ではないことだけは確かなので、胸を張って自慢してもいい成果であった。

 成果を出した今、私を(あなど)る者は減るだろう。少なくとも、まだ独猟を済ませていない者は何も言えなくなる。そんなことをすれば最悪、族長達による裁きの対象にすら成りえるのだから。




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