Re:Monster Wiki
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「さて、早速解体しないとねー」


 何はともあれ、狩猟の後はまず解体である。


 悠長に時間を使うと、流れた血に誘われて他のモンスターがやって来る。

《アグバナヤ疾風森》には、群れでイッペラウィスを狩る肉食性の〝突風狼(ガストウルフ)〟や、暴風を操りこの森の生態系の頂点に君臨する〝嵐虎(ストームタイガー)〟をはじめ、凶暴な肉食獣が多数生息している。のんびりしていると、獲物を横取りされるどころか私まで襲われかねない。

 そういった生態系の上位種は、個体数がさほど多くないことが救いだけど、手早く終わらせた方が無難である。悠長に時間を浪費して危険を呼び込むなど、今の私にはまだ早い。


「えーと、こうやって、こうしてっと……あ、ロボロも来たか」


 手頃な木の枝に〝首吊り蔦(ラドレナス)〟を編んで作った手製の縄を引っ掛け、片方の端にイッペラウィスの足を繋ぐ。そしてもう片方をグイッと引っ張り、逆さに吊り上げる。

 血抜きしていないイッペラウィスは重いけど、私は【狩人(ハンター)】とその上位職【野伏(レンジャー)】や【射手(アーチャー)】といった複数の【職業(ジョブ)】を持ち、年齢の割にはレベルを上げている。

 それに師匠が狩った〝突撃熊(アサルトベア)〟や〝ネルメアの青銅獅子(ブロンセリオン)〟を、同じように逆さ吊りにしてきた経験があるので、短時間で終わらせることができる作業だ。

 吊り上げた後は喉元を切り、血抜きを行う。体内に残っていた血がドプドプと勢いよく流れ出し、濃い血の匂いが鼻をつく。

 慣れたその匂いを嗅ぎながら、傷口に(つぼみ)の状態の〝血啜り花(ブラッティアーズ)〟を刺しておくことも忘れない。

〝血啜り花〟は生物の血を啜って成長する魔花の一種で、これを傷口に刺しておけば効率良く血を抜くことができ、しかも血の匂いも抑制できる。

 この花は、鮮度が良く、また強いモンスターの血を啜るほど、鮮やかな色合いで開花する。

 綺麗に咲けば、各地を渡り歩く【行商人(ペドラー)】達に高値で売れるので、狩りの獲物の血抜きでよく使用される。

 イッペラウィス程度のモンスターの血では、そこまで高く売れる色にはならないけど、小遣い稼ぎにはなる。

 そうして、血抜きが完了するまで次の作業に移るのを待っていたところ、藪を揺らしながら猟虎ロボロがやって来た。


「ガル。ウォフ」


 一仕事終えた、ご褒美(ほうび)頂戴。

 まるでそう言っているかのように鳴いたロボロは、私の近くで伏せ、尻尾をパタパタと振っている。


「大変な追猟(ロンフェ)役、ご苦労さま」


 ロボロの大きな頭を撫でながら、私は思わず苦笑いした。

 狩猟の時の、牙を()き出しにして獲物に襲いかかる勇ましい姿は、既にない。

 ここに居るのは、飼いならされた猫のような仕草で嬉しそうに撫でられる、白くモコモコとした柔らかい体毛に覆われた愛玩動物だった。

LN v08.5 037

 狩りでは頼れる相方だけど、普段は可愛い、もう一人の妹のような存在であるロボロを(いと)しく思いながら、その背中や首を優しく掻いてやる。

 ロボロも嬉しそうに身を寄せ、尻尾を更に勢いよく振った。

 その様子には、初めて私のところに来た頃の――弱々しく、自分以外は全員敵だと思っていた頃の面影(おもかげ)は一つもなかった。


「まったく、大きくなっても甘えん坊だなぁ、ロボロは」


 ロボロは、大気を操り、激しい嵐を巻き起こす〝嵐虎(ストームタイガー)〟の幼獣である。ストームタイガーは個体数が少なく、家族の愛情が深いことで有名で、子育て中に縄張りに入れば命はないとまで言われ恐れられている、《アグバナヤ疾風森》の王者だ。

 本来は、子が生まれるまでは(つがい)が一緒に暮らし、子が生まれると母虎と子虎だけで生活する。

 しかし、ロボロは母虎から産まれて間もなく捨てられてしまったらしい。

 ロボロの体毛は白く、赤い瞳をしている。ロボロは、とても珍しい白化個体(アルビノ)なのである。

 アルビノは普通の個体よりも弱かったり病弱だったりと、色々問題が多い。たとえストームタイガーの子といえども、厳しい自然の中では生きていくのは難しい。

 本能でそのことを悟ったためか、あるいは明らかに見た目が違うことが原因となったのか。

 理由はともかく、ロボロは捨てられた。そのままだったなら、数日と生きることはなかったと思う。

 でも、師匠が鳴いていたロボロを見つけて保護し、私に育てるよう言いつけた。

 私も師匠の命令だからと引き受けたけど、最初は本当に大変だった。

 警戒心が剥き出しで、触ろうとすれば手を噛んでくるし、餌をやろうとすれば引っ掻いてくる。しばらくの間は生傷(なまきず)が絶えなくて、嫌になることも多かった。

 何より、与えるものを食べようとしなかったことを思い出すと、今でも腹が立つ。貴重なご飯を分けていたのに、と。

 ただ、苦労はしたけど、それだけに仲は深まった。

 小さい頃から一緒に育ったからか、育てたからか。何だか相棒でもあり、私の子供であるような気さえする。今のようにじゃれついてくる時など、特にそうだ。ずっとこの白い身体を撫でていたいと思う。

 でも、守られるしかなかった時代は既に過ぎている。


「私と一緒に、強くなろうな」


 まだ幼いので風を操る能力は弱いけど、私と一緒に鍛えたことでロボロは力をつけ、最近では普通の個体とも大差ないのではないか、というレベルにまで至っていた。

 私が今回の独猟の成功で成人と認められるように、ロボロももう少しで成獣となるだろう。その頃にはきっと、アルビノというハンデよりも、私との狩りでの成長の方が大きくなっているはずだ。

 まだまだ長い付き合いになるだろうロボロを、私は優しく撫でていく。


「血抜きが終わるまで、ちょっと待とうなー。うりゃうりゃ」


 すると、ロボロがより強くじゃれついてきた。

 調子に乗らせるか、とばかりにその脇や腹を(くすぐ)っていく。ロボロは身を(よじ)るものの、それは私にとって()()み済みの動きで、逃げた先には私の指がある。

 ロボロは抜け出せない擽りの嵐に、ピクピクと痙攣(けいれん)するように震える。

 そうしている間に、気がつけば、イッペラウィスの傷口に差した〝血啜り花〟は満開になっていた。

 その色は鮮やかな朱色。ただし末端の方は若干薄く、悪くはないけど良くもない色合いだ。

 思っていたよりも安くなるかも。そう思いながら〝血啜り花〟を傷口から引き抜き、腰につけたポーチ型収納系マジックアイテムの中に入れておく。

 容量は小さいけど、こうした小物を入れておくには便利な品で、父の形見でもあるので大事に使っていた。


「血抜き完了、ってことで、今美味(おい)しい内臓を切り分けてやるからなー」


〝血啜り花〟が咲いた。それはつまり血抜きが終わったということだ。

 私はまず、イッペラウィスの肛門に〝スライム布〟を詰めてから、師匠から贈られた切れ味抜群の解体ナイフを取り出し、毛皮を剥いでいく。

 毛皮も売り物になるので、極力傷つけないように気をつけながら、素早く丁寧に行った。

 先に肛門に〝スライム布〟を詰めたおかげで、内容物が漏れて周囲が汚れることもなく、そこそこの値段で売れそうな毛皮が採れた。

 心臓と眉間の部分に矢を受けた(あな)が開いているけど、これくらいなら(ほとん)ど問題にならないだろう。

 毛皮を剥ぎ終えたら、次は内臓が無駄に傷つかないように、丁寧かつ迅速に掻き出していく。

 その際には、肝臓や心臓など美味しい部位よりも先に、下手な処理をすると全てが台無しになる膀胱(ぼうこう)や直腸などを優先する。ここを失敗すると肉が臭くなり、喰えなくなる場合もある。

 食べられなくなったからといって独猟が失敗扱いになることはないけれど、最初の独猟の成果は、まず家族と師匠に振る舞うのが風習となっている。

 下手なモノは食べさせられない。解体する手には自然と力が入っていた。臭い尿が溜まっていた大きな膀胱など全てを切り取り終えると、ホッと息が漏れる。


 取りあえず、これで安心していい状態になった。  その後は、心臓や肝臓など内臓の中でも使い勝手のいい部位を、背嚢型収納系マジックアイテムに入れていく。

 これは師匠がくれたお下がりながら、その収納容量はイッペラウィス数体分でも余裕があるほどだ。

 こんな高価な品を惜しげもなくくれる師匠には、本当に感謝してもしきれない。


「ほら、先に食べてな」


 私が解体している傍らで、ロボロは目の前に積み上げられていく美味しそうな内臓をジッと見ていた。

 だからご褒美として、私は肺と腎臓、それから足の一本をロボロにあげる。

 本当なら腎臓はしばらく流水に浸した方がいい。でもロボロは生で食べるのが好きだ。美味しそうに噛みつき、咀嚼(そしゃく)している。

 帰ったら焼いた肉を欲しがるだろうけど、新鮮な時でないと食べられない内臓の味が好きなロボロは、嬉しそうに尻尾を振っていた。

 それに思わず笑みを(こぼ)しながら、残った肉を各部位ごとに切り分け、こちらも背嚢型収納系マジックアイテムに入れていく。

 そうこうして、解体作業を始めてからしばらく経った頃。

 風の向きが変わったかと思えば、口の周りを血で赤く染めたロボロが立ち上がり、ある一方を睨み付けながら小さく唸り出した。


「グルゥゥゥゥゥゥ」


 明確な威嚇音。押し殺すような低い声。

 大地にへばりつくように身を伏せ、鋭利な牙が覗く。

 私はもう少しで終わりそうだった解体の手を一旦止めて、右手に解体ナイフを逆手に持ち、左手には後ろ腰に備えた鞘から抜いた山刀(マチェット)を持って構えた。

 本当は弓を使いたいけど、弓は近すぎると咄嗟(とっさ)に反応できないかもしれない。

 一瞬が生死を分ける今は、これでいい。


「何が来た?」


 脅威(きょうい)が近づいてきている。それは鳥肌が立ったことと、背筋に悪寒が走ったことで明白だった。

 脅威の正体がなんなのか、知る必要があった。


「ウォフ、ヴォン」


 ロボロの声と、尻尾や前足の規則的な動き。

 それで何がこちらに向かって来ているのかが分かった。


「〝アグバナヤ・バグベア〟が一二体か……ハハ、大量だ。やっばいね」


偽熊鬼(バグベア)〟、と呼ばれるモンスターが存在する。

 一応〝小鬼(ゴブリン)〟系の上位種に分類されるが、同じ上位種である〝中鬼(ホブゴブリン)〟とは比較にならない強さで、更に上の〝大鬼(オーガ)〟と同等くらいだろうか。

 背丈は平均的なホブゴブリンよりも高く、発達した二本の長い腕を持つ。そして全身は天然の防具である茶色い体毛に覆われている為、一見すると大型の猿系モンスターか小型の熊系モンスターにも思えるだろう。


「たまたま巡回中で、血の匂いにつられた、かな?」


 バグベアの毛皮は天然の防具である。

 半端な矢では貫けず、斬撃は勢いを殺されてその下の肉まで()てない。打撃も、ぶ厚い皮下脂肪で受け止められる。

 また全身筋肉質で、見かけよりも遙かに力がある。太く長い五指で掴まれれば、私の骨はもちろん、イッペラウィスの太い骨でも破壊されるだろう。

 それでいて棍棒などの扱いが単純な武器や道具を手で扱うことが可能で、木を貫くほど鋭い爪もある。


「気配の隠し方からして、もしかして精鋭(エリート)か、メイジでも混ざってる?」


 そして最も注意しなければならないのは、人の頭を丸呑みにできそうなほど大きな口による噛みつきだ。

 バグベアの性格は残忍だ。ゴブリンやオークのようにヒトを強姦(ごうかん)して繁殖する習性はないけど、獲物を生きたまま食べる。それを可能にする口は、まさに脅威であった。

 肉体面に秀でた分、ホブゴブリンなどより知能が遥かに低いことは救いかもしれないけれど、それだけに上位者の命令で命すら投げ出して特攻を仕掛けてくる危険性もある。

 本当に厄介なモンスターだ。


「もう少しなのに、面倒なのが来たね、ロボロ」


 そんなバグベアの中でも、ここ《アグバナヤ疾風森》に生息するアグバナヤ・バグベアは全体的に能力が高く、特に機動力と知能に優れている。

《アグバナヤ疾風森》のモンスターの大半は機動力に優れ、気配察知能力が高い。それを狩るには相応の速さと気配を隠す能力が必要であり、アグバナヤ・バグベアは代を積み重ねる中で、その力を伸ばしてきた訳だ。

 また効率的に狩りをする為か考える力もある。

 天然の槍となる〝風銅樹(ウィンズウッド)〟の枝を持ち、長い手足を用いて樹木を飛び回り、立体的な包囲網を形成して獲物を追い込む。襲う際は必ず単独ではなく複数同時に、獲物の死角から攻撃する。

 連携してくるアグバナヤ・バグベアの群れの前には、時として、単体ではより強者であるモンスターも倒れてしまう。


「残りは少し勿体ないけど、置いていくか」


 また師匠曰く、《アグバナヤ疾風森》の深部にはアグバナヤ・バグベアを率いる【帝王種】が()べる巨大集落があるらしい。そのせいで鍛えられたエリートが時折混ざるそうなので、気をつける必要がある。

 一度師匠が引き連れてきたエリートと戦ったことがあるけど、通常種と比べて三倍は強かったように思う。

 それは身体能力だけでなく、戦術や知能まで更に高度だからだ。その時は一対一だったので勝てたにせよ、相手の数が多い状況なら、逆に私が狩られていたに違いない。


「よし」


 そして運が悪いことに、今迫ってくる敵の中には、そのエリートが居る可能性が非常に高かった。普通のアグバナヤ・バグベアなら、隠れていてももう少し気配が分かりやすいので、まず間違いない。

 知能が高いメイジ種でも同じことが言えるけど、遠距離攻撃が可能なメイジ種の方がどちらかといえば厄介なので、まだエリートの方が個人的には嬉しい。


「さっさと逃げよう」


 近づいてくるアグバナヤ・バグベアの集団を前に、私の判断は早かった。

 抜いた解体ナイフと山刀を鞘に収め、近くに置いていた【バルバルドの風弓】を手に取り走り出す。

 既にイッペラウィスの角や毛皮や肉など、必要な部位の切り分けは終わっている。残りは諦めるしかないけど、命をかけるほどの量ではない。

 ならここは戦略的撤退を選ぶべき場面だ。

 幸いにして、まだ私達が風下だ。いつ風向きが変わるかは分からないけど、今なら動いても悟られにくい。

 できるだけ距離を稼がねば。

 そう思いながら、極力音が出ないように駆け抜ける。


「……あ、気づかれた」


 しかし、走り始めてしばらくすると、風の流れが変わってしまった。稼げた距離は百数十メルトルほどだろうか。

 途端、アグバナヤ・バグベア達の動きに変化があった。

 一二体のうち、二体は吊り下がったままのイッペラウィスの残りを回収し、残り一〇体は私を追うらしい。


「イヤッココココココ!」


 特徴的な鳴き声が聞こえる。鳴いているのが恐らくエリートだ。その意味は『追え、狩れ』。独特な発声によってそれは良く響き、風が吹いても聞くことができる。

 鳴き声に反応した九体の気配が、私に迫る。枝から枝へ移動する者も居れば、地上を駆ける者も居る。


「ヴォフ」

「分かってるよ、ロボロ」


 私達イル・イーラの村まではまだ遠い。

 体力と速度には自信があるけど、そこまで辿り着く前に、絶対に追いつかれてしまう。

 生きるか死ぬか。

 私の長くて短い追跡戦が始まった。


  ◆◆◆


 空に輝いていた太陽は沈み、星空が広がる夜。

 それはモンスター達が活発に動き出す闇の世界。

 夜闇を見通す目を持つ私達イル・イーラの民であっても、夜こそ本領を発揮するモンスター達の前では下手に姿を現さない。そんな魔の時間帯だ。

 本来ならば、私も隠れていたかった。

 でも、現状ではそんなことは許されやしなかった。


「クルゥコカカカカ!」

「ッの!」


 死角から飛びかかってくる一体のアグバナヤ・バグベア。

風銅樹(ウィンズウッド)〟の枝槍を捨てた長い手が私を捕まえようと伸び、大きく開かれた口からは汚らしい唾液でテラテラと濡れた牙が覗く。

 首筋を狙った噛みつき攻撃に対し、私はその口の奥深くにまで矢を撃ち込んだ。

 至近距離で放たれた矢は狙い(たが)わずアグバナヤ・バグベアの口内に侵入。血に濡れた鏃が頸椎(けいつい)を貫き、突き抜ける。

 確かに致命傷を負わせた手応えがあった。


「しつ、こい!」


 しかし生命力に優れたアグバナヤ・バグベアは、それだけでは死なないらしい。

 口から矢羽根が覗いたまま、最後の足掻きとばかりに身体ごと突っ込んでくる。

 咄嗟に身体を捻りながら射た為、回避するには充分な距離もなく、また体勢も悪い。闇が広がっているせいで視界が悪く、反応が遅れたことが全ての原因だった。

 これで死ぬことはないとしても、地面に押し倒されれば後続に殺されるだけ。


「ガオオオン!」


 逃走を開始してから何度もあった死の予感。

 しかしその度に、ロボロが助けてくれた。それは今回もそうだった。

 自身の血か、あるいは敵の血か。

 それすら判然としないほど白い体毛を赤く染め上げたロボロが横合いから突進し、アグバナヤ・バグベアの身体を殴り飛ばす。

 前脚の一撃はアグバナヤ・バグベアの頸部に叩きこまれ、グルリと首を一回転させる。

 元々矢で射抜かれたことで(もろ)くなっていた頸椎からは粉砕音が響き、アグバナヤ・バグベアの身体から力が抜けて地面に転がった。


「ありがとうロボロ! これで残り二体……何とかなる、かな?」


 声をかけながら、再び逃走を開始する。

 エリートを含めた一〇体から追跡され、一体どれほどの時間が過ぎただろうか。

 イッペラウィスを狩ったのが昼をやや過ぎた頃で、今は夜。その間、ずっと走り続けてきた私とロボロの体力は限界に近かった。

 動き続けた両脚が悲鳴を上げている。全身の筋肉も酷使し過ぎて、荒れる呼吸で意識が乱れる。

 それに、身体中に大小様々な傷が出来ていた。傷口から流れ出る血はかなりの量だが、手持ちの【体力回復薬(ライフポーション)】は既に品切れ。

 血を失い過ぎたからか、全身から冷や汗が吹き出している。視界が悪いのは、夜のせいだけではない。

 まさに満身創痍(まんしんそうい)だった。

 ふと背後を見れば、(こぼ)れ落ちる赤い命が、私が走ってきた跡を示していた。


「あー、本当に、死ぬかも」




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