Re:Monster Wiki
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幸いなことに致命傷こそないけれど、全身を鈍い痛みが(さいな)む。


「村まで、持つ、かなぁ?」


 身体の問題だけではない。八体のアグバナヤ・バグベアを狩ったことで矢は残り僅かしかなく、また戦闘中に山刀など幾つかの装備が失われた。

 消耗の激しい私に対して、敵の中にはエリートが残っているし、矢を射たので多少は傷を負っているにせよまだ余力を残しているはず。

 仲間の殆どが死んだのだから逃げ帰ってほしいところだが、ここまで来ると向こうも引くに引けないのだろう。

 やりすぎた。そうは思うけど、そうするしかなかったのだ。今さらどうしようもない現状が憎らしい。

 ただ不幸中の幸いか、今はこれ以上の損害を避け、出血で私達が弱るのを待つ方針にしたらしく、闇夜に紛れて付かず離れずの距離を保っている。

 もちろんただ追ってきている訳ではない。時折闇の中から拳大(こぶしだい)の石が飛んでくることもあれば、追い立てるような咆哮が周囲から聞こえてくることもある。

 それに先ほどのように直接襲いかかって来ることもあるので、油断はできない。

 精神的に休まる時はないけれど、激しい戦闘がないことで体力の消耗を少しでも抑えられるのはありがたかった。


「ロボロ、これ食べな」


 走りながら、イッペラウィスの小さな生肉を取り出して、並走するロボロの口元に差し出した。

 本当なら後でゆっくりと食べたいところだけれど、今は少しでも迅速に栄養を摂取しておいた方がいい。

 グギュルルル、と私のお腹も小さく鳴いた。

 ただでさえ大量の血を流し、肉を()がれてしまっているのだ。激しい運動で疲弊した身体が栄養を求めているのが分かる。

 まだ幼く、どうしても大人より体力の少ない今の私にとって、持久戦は不利になる。


「あ、いいの見つけた」


 ロボロは生肉を数回噛んだだけで呑み込んだ。それだけでは消化の負担が大きそうだったので、進行方向に自生していた〝疾風イチゴ〟や〝修練ニンニク〟などをすれ違いざまに千切って、一緒に食べさせた。

 その後、私もそれらを纏めて口に放り込む。


「うーん、〝疾風イチゴ〟は甘くて美味しいけど、〝修練ニンニク〟の味が強すぎるなぁ」


 そんなに数はとれなかったけれど、天然の甘味である〝疾風イチゴ〟なら食べやすいし、何より一定時間行動速度を高めてくれる効果がある。逃走時には最適な魔法薬草の一種と言えた。

 本当は数種類の魔法薬草と一緒に調合した方が、効果が強く長持ちする魔法薬が作れるけれど、今は贅沢を言っていられない。

 また、〝修練ニンニク〟は希少な魔法薬草の一種で、肉体の活性化や疲労回復、消耗した魔力の補充など、現状では最高の効果を発揮してくれる。

 身体の奥底に溜まった疲労が取れる気配はないけれど、走りながらでも表面上の疲れは薄れてきているような感覚があった。

 苦しい時ほど美味(うま)いモノを喰え。師匠の言葉はやはり正しい。


「最後まで頑張ろうね」

「ウォフ」


 お互いを支え合いながら、私達は走った。

 走って走って、時には使えそうな物を拾い集めながら走って――村に辿り着く前に何かがおかしいと感じ始めた。


「なんだか……変だなぁ」


 私達は、既に村の警戒範囲に入っている。ここまで来れば、師匠よりは劣るけど、それでも腕の良い狩人達が助けてくれる、はずだった。

 しかしその気配はなく、何かが燃えているような匂いが(ただよ)っている。

 まだ小山を一つ抜ける必要があるけど、村まではもう少しのはずなのに。

 嫌な予感がした。それも飛び切り嫌な予感だった。


「まさか……村に何かが起きている?」


 村に近づけば近づくほど、嫌な予感は明確な形を持つようになった。

 夜空に浮かぶ雲が赤く光っている。その下が炎で燃えているような色合いだった。

 暗い夜だけに、その明かりは一段と良く見えた。

 煙が幾つも上がり、星明りがそれを照らしている。気紛れに変わる風に乗って、木々が燃える臭いが私のところまで届いた。

 その中には、嗅ぎ慣れた、血肉が燃える臭いも混ざっていた。

 そして甲高(かんだか)い悲鳴のような、あるいは(たけ)る雄叫びのような音も僅かに聞こえる。

 臭いも音も、またすぐに風の流れが変わったことで感じられなくなってしまったけれど、その事実に私の全身を寒気が走った。

 村は何者かに襲われている、と考えるべきだった。

 母と妹は、無事だろうか。

 それに、師匠がいる村を襲い、あそこまでの被害を出させた敵とは一体何者なのだろうか。

 まだ見ぬ敵は恐るべき存在だと、何となく分かってしまった。


「ロボロ、早く村に……ッ!」


 そう言った時、私の意識が村の異変に向けられたことを察してか、敵は追跡を終結させることにしたらしい。


「イヤッコココココココ」


 独特の奇声を上げ、後方から勢いよく同時に飛びかかってくる二体のアグバナヤ・バグベア。その手にはやはり〝風銅樹(ウィンズウッド)〟の枝槍が握られている。

 鋭く削られた尖端で突き刺されれば、地面に縫い付けられてしまうだろう。


「エリートは、そっち!」


 左から迫るのは普通のアグバナヤ・バグベアで、右から迫るのがエリートだった。

 見分け方は簡単で、まず身体の大きさからして違う。普通のアグバナヤ・バグベアよりも良いものを食べているからか、一回りも二回りも大きい。それに全身に備わる筋肉も分厚く、体毛も(つや)やかで綺麗だ。

 そしてより良い武装をしている、豪華な装飾品を帯びている、などといった部分でも見分けることができる。基本的には、ランクの高い装備を身に着けているほど、地位も能力も高いとされる。

 目の前のエリートは、装飾品こそ首飾りくらいしかないけど、胴体を守る立派な革鎧を身に着けていた。

 殺した冒険者などから剥ぎ取ったのだろうそれは、使い古され、血で汚れているのか黒いシミがある。

 そうした見た目にも違いは明らかだし、また枝槍による攻撃も鋭さが違う。万全ではない今の状態では、地に足のついた連続攻撃をされたら防げないだろう技量が窺えた。

 飛びかかられて接触するまで僅かの間にそこまで考え、私は左から迫る普通のアグバナヤ・バグベアに向かって自ら駆け出した。


「ハアッ!」


 同時に、逃げている最中に見つけて()んでおいた〝弾けの実〟を一つ、眼前に向けて【投擲(とうてき)】する。

 小さいけどそれなりの重量がある〝弾けの実〟は勢いよくアグバナヤ・バグベアに迫り、直撃こそ右腕で防がれたものの、しっかりと爆発。右腕の体毛に僅かな焦げ跡を残しただけに終わったが、狙い通り視界を(ふさ)ぐことができた。

 それに飛びかかってくる勢いも、少しだけ落ちたようだ。

 その一瞬を見逃さず枝槍を避けようとした時、本能によってかギリギリで動かされた尖端が私の右頬を削る。(いびつ)な尖端は荒く肉を(えぐ)り、視界の隅で血肉が飛び散った。

 鈍く熱い痛みに顔をしかめながらアグバナヤ・バグベアの脇を通り過ぎ、すれ違いざまに無防備な首筋を解体ナイフで薙ぐ。


[ラン・ベルは戦技【首狩り(ボーパル・ストライク)】を繰り出した]


 ズブリ、と解体ナイフが肉に切り込む独特の感触。戦技によって強化され加速した刃先は頑丈なはずの毛皮を切り裂き、その奥へと埋没していった。

 硬い皮膚や厚みのある筋肉、太い骨に強い抵抗を感じながらも力を振り絞り、結果として頸椎まで切り裂いてそのまま突き抜ける。


「ギュゴ、コココ、コ」


 首の約三分の二が斬られるという致命傷を負ったアグバナヤ・バグベアは、勢いよく噴出する鮮血に濡れながらヨタヨタと歩いたかと思えば、ドッと地面に倒れた。

 ピクピクと僅かに痙攣するだけで、もはや広がる血の海から起き上がる気配はない。しかし不意打ちが怖いので、完全に仕留めることを忘れない。


「せいッ」


 かろうじて胴体と繋がっていた頭部を全力で蹴ると、首が完全に千切れ、その勢いのまま夜闇の中に消えていった。

 そして残された胴体からはドバドバと血が溢れ続け、とても濃い血の臭いが周囲に漂う。それを間近で嗅いで、思わずペロリと舌で唇を舐めた。

 命を狩るのは、やっぱり心地いいものだった。

 いつの日か私もこうなるのかと思うだけで、背筋がゾクリとする。


「残りは、エリートだけッ」


 最後に残ったエリートは、怒りに(ゆが)む凄まじい形相で私を睨みつけていた。

 必ず喰い殺してやるとでも言わんばかりのそれに、思わず頬が引きつりそうになったけど、私は何故だか笑っていた。

 ここまでの重圧感が一気に薄れたからか、あるいは何かしらが吹っ切れたのか。それは私自身にも定かではなかった。

 ただ、事実として私は興奮していた。身体が深部から火照(ほて)る。カラカラに喉が渇く。何かに飢えるような、そんな感覚。

 頬から流れ落ちる血を指で拭い、唇に(くれない)を塗る。そして目元にもその指を滑らせ、血化粧を施す。

 私達イル・イーラの民が時折施す、決死の(たしな)み。その一つ。


「ハハハ、何だか楽しくなってきたねぇ!」


 まるで身体の奥底の何かが、一つ一つ外れていくような気分だった。

 状況は最悪に近い。二対二から二対一と、数の上では何とか優位な状況に持ち込めたけれど、総合的に比較すればやはり私達の方が分が悪い。

 ここまで配下に戦わせ、あまり手傷を追っていないエリートに対して、私達は限界が見え始めている。

 先ほどの戦技の一撃も何とか絞り出したようなもので、私の意識は朦朧(もうろう)とし始めている。それに私を(おとり)にしてエリートを背後から奇襲するはずだったロボロも、結局ずっと様子を窺ったまま動けなかった。

 気配を隠しきれず、存在を悟られて警戒されてしまうくらい、ロボロだって限界なのだ。

 生来のプライドからそれを窺わせないようにやせ我慢しているだけであり、普段のロボロなら決して見られないほど疲弊していた。

 数では優位でも、満身創痍の一人と一匹。対するはまだ余力を残したエリート一体。

 このまま戦えばこちらが殺されてしまう可能性の方が高いけれど、何故だろうか。私の内心から溢れ出るのは焦燥感や危機感などではなく、純粋な高揚感だった。

 視界は霞んでいても、獲物(エリート)だけはその細部までハッキリと見えた。


「ウフ、アハハハハハ! 何だろう、これ、凄く楽しいッ」


 それが何だか可笑しくて、私は大きく笑っていた。

 このような危機的状況ですら、不思議と今の私にとっては娯楽のようにしか感じられない。それも可笑しさを助長しているに違いない。

 今の私の状態は、誰が見ても変だと思うだろう。私だってそう思う。

 コレが何かとあえて言うなら、それは狂喜に違いない。

 私は極限状態の戦いが、狩猟が楽しいのだろうか。まさにそうなのだろう。

 狩るか狩られるか、そんな命のやり取りはそもそも楽しいモノなのだから。


「ロボロ、ロボロッ。あと少し、頑張るよッ」


 獲物を狩るのは楽しい。自分が鍛えた力で、標的にした獲物を狩る。

 弓矢で心臓を射抜く。ナイフで動脈を切る。仕掛けた罠に誘い込む。意識外から奇襲する。

 それぞれにそれぞれの良さがある。

 手段や過程がなんにしろ、命を奪い、命を貰うという結果には変わりない。生きる為には他者の命を譲り受けることが必要であり、それはとても尊いことだと思う。

 狩りで得た獲物の肉は、苦労した分だけより美味しくなる。そうして美味しく食べた獲物が自分の血肉となって、共に生きていく。またいつかは私も狩られ、世界へと還元されるのだろう。

 それは世界の()りようだ。


「少しで良い、隙を作って」


 そして逆に、狩られそうになるのも楽しいものなんだと、今回のことでよく分かった。

 追いつめられるのは怖い、けど生きる為に考え、足掻くのは楽しい。

 周囲を全て敵で囲まれるのは怖い、けど活路を見い出し、こじ開けるのは楽しい。

 殺されかけるのは怖い、でも返り討ちにし、敵の意表を突くのは楽しいのだ。

 敵が全力で私に向かってくる、殺そうと全力を尽くしてくる。

 それに私は応える。だって死にたくないから。死にたくないから抵抗する。

 命は尊い、だから殺してはならない。そんな綺麗な言葉を並べたって、誰もが何かしらの命を(かて)に生きている。

 生きるということはそういうことで、これまでもこれからも変わらない。

 どうせ他者の命を糧にするのなら、今のように狩るか狩られるか、狩猟の場に居たいと私は思った。

 誰かが代わりに搾取した命を貰うよりも、私が直接その命を狩りとって、一切を損なうことなく貰いたい。

 つまり、ただただ純粋に、命のやり取りをしたい。

 その為なら理由なんてどうだっていい。自分の為でも、誰かの為でも。

 そこまで考えて、ふと気がついた。


「……ああ、そっか。家族の為に、何てのは方便だったんだ。いや、本心ではあるけれど、それよりも」


 病弱な母親。幼い妹。それを養う、ということが本心には間違いない。家族を養うことは私が望んだことで、また義務でもあるのだから。

 けど、養うだけだったら他にもやりようはあったはずだ。

 自慢ではないが、族長の息子で私より二歳年上の、私に近い才能の持ち主であるグン・タムから、嫁に来い、と言われたこともある。いや、今でも言われるので、言われている、というのが正しいか。

 ともかく、グン・タムの嫁になれば、二人を養うことはできただろう。

 でもその話を丁重に断り、今のやり方を選んだのは――


「私はただ、狩猟が好きなんだ。命のやり取りがあるからこそ、生きていると実感できる」


 私達イル・イーラの民の女は、自分より強い者に(とつ)ぐ風習がある。グン・タムはその条件を満たすか微妙なところがあったから断った部分もあるけれど。

 無意識ながらきっと、ただ狩猟がしたい、という思いが強かったからに違いない。

 何とも凶悪で、何とも冷たく血に濡れた本性だ、と内心で自嘲する。

 それでも、そういう存在なんだと認識しても悪い気分にはならなかった。むしろハッキリと自分という存在が分かったことで、ホッとさえしている。


「さあ、ヤろう。どっちが死ぬかは、運次第ってことで」


 無茶な使い方で刃毀(はこぼ)れの激しい解体ナイフを鞘に仕舞い、真新しい戦いの傷跡が目立つ【バルバルドの風弓】に残り僅かな矢を番える。

 唐突に脳内に響いたのは、短くも尊き神の声。


[ラン・ベルは【狩猟の神の加護】を新しく獲得しました]


 それと同時に、まるで全身が新しい何かに生まれ変わるような不思議な感覚がした。

 (しな)びたように力の入らなかった四肢に活力が戻る。五感はより鋭敏となって世界を明瞭に感知し、意識しなくても周囲を認識できる。

 しかも、特別な力によってその他も強化された私は、新たな【戦技】をも得たらしい。

 とてもいいタイミングだった。これでまだまだ戦える。

 血化粧の施された顔で、エリートに向けて微笑む。

 エリートは何故か一歩下がる。気圧(けお)されたのだろうか。気圧されたのだろう。それはつけ込むべき隙である。


「ロボロ、十数秒だけでいいから、時間を稼いで」


 私のやや前方にまで移動したロボロは、私の声に応じるように口を開けた。


「ヴォフッ!」


 まるで『当然』とでも言うような短い咆哮と共に、ロボロから放たれたのは圧縮された風の塊だった。

 日中ならば、ロボロの魔力を帯びた風塊の姿は(うっす)らと白く見えるはずだけど、今は闇が支配する夜。

 視認するのも困難を極めるそれを、しかしエリートは本能からか察知して、即座に右へ跳躍して回避する。

 その直後にロボロの風塊は先ほどまでエリートが居た場所を通り過ぎ、進行方向にあった木と衝突した。

 (とどろ)く破砕音。(みき)の残骸が周囲に飛び散り、不規則な烈風が吹き抜ける。


「イヤコッコココー!」


 回避したエリートは叫び、回避先にあった木を足場にして跳躍し、即座に接近してくる。手にする枝槍の穂先をこちらに向け、中々(さま)になった突撃姿勢だ。

 それを迎え撃つように、ロボロが地を駆ける。

 ロボロは眼前に風の膜を生じさせ、エリートの攻撃を僅かでも逸らそうとする。

 双方の走る速度は風のようで、あっという間に両者の距離は消えた。

 エリートが繰り出したのは、枝槍による突きだった。技術よりも優れた身体能力に任せた突きは暴力的で、掠るだけでロボロを吹き飛ばしそうな凄みがある。

 対してロボロが繰り出したのは、鋭い爪を剥き出しにした前足の薙ぎ払い。渦巻く白風を纏ったそれは、当たらずともエリートを吹き飛ばす能力がある。

 交わる攻撃は、結果としてロボロが(まさ)った。

 エリートは咄嗟に枝槍の軌道を変えてロボロの攻撃を防ぎ、そのせいでロボロの前足はエリートの身体を捉えることはできなかった。


「ッイヤ、ココ!」


 しかしその代償は、枝槍の破損という結果として残る。

 飛び散る木片が白風によって吹き飛ばされ、エリートの身体も押し込まれる。エリートは忌々(いまいま)しそうな表情を見せながらも後退。

 手に残った枝槍の残骸をロボロの顔面に投げることで牽制してくる。

 しかしそれを風の膜で受け流したロボロは、勢いを落とさず近づき、爪牙と白風を併用して攻め立てた。

 局地的な突風が吹き荒れ、木の葉や千切れ飛んだ草が勢いよく飛ばされる。また地面も所々が(めく)れ上がり、土や石が爆発したように飛散した。

 威力と攻撃回数は申し分ないけれど、それは後先考えない猛攻で、呼吸も荒い満身創痍の状態では、長く持ちそうにない。

 それが分かっているのか、憎たらしくもエリートは持久戦の構えだった。先ほどの攻撃に想像以上の威力があったこともあって警戒を強めているらしく、無理には攻めてこない。

 それに飛散して身体に当たる土や小石なども、あえて腕などのダメージを受けても影響の少ない場所で受けるだけの余裕もあるようだ。

 細かい怪我を負いながらも、極力隙を作らないように行動している。


「イヤッココ! ココイヤヤココ!」


 ただし、油断すると、長い腕を生かした鉄槌(てっつい)のような拳が飛んでくる。直撃を喰らえば甚大(じんだい)な被害は必至。そしてそれに、爪で裂傷を負わす細かい攻撃も織り交ぜてくる。

 ロボロもギリギリで避けているが、致命的な一撃以外は、エリートと同様にあえて受ける時もある。

 その度に、白い毛皮には赤い線が走り、血肉が抉られた。

 即座に倒されることはないが、ロボロの肉体は刻一刻と限界に近づいている。

 それを横目で見ながら、私は残り三本しかない矢を矢筒から抜き、近くに生えていた〝鬼酔木(オセビ)〟の樹皮を剥ぐと矢を突き刺して、黄色くやや粘ついた樹液を鏃によく塗り付ける。

鬼酔木(オセビ)〟の樹液は天然の毒薬で、掠るだけで神経麻痺や呼吸困難、嘔吐下痢(おうとげり)や猛烈な頭痛を引き起こす。

 強靭な〝鬼〟すら〝酔〟わせるくらい強い毒を持つ〝鬼酔木(オセビ)〟は、その毒性故に普段の狩りではまず使うことのないシロモノである。

 何故ならこれを使うと、折角の獲物が食べられなくなってしまうからだ。

 食べる為に狩るのに、食べられなくなってしまっては意味がないのだから、これは当然と言える。


「でも、今回は他に戦利品もあるし、ね」


 エリートの着ている革鎧や、牙や爪や毛皮で妥協しよう。エリートのものだけあって、素材としては悪くない。  そう思いながら、樹液がタップリと塗り付けられた矢を番える。すると、普段とは比べ物にならないほど軽く引くことができた。

 直接モンスターを殴りつけるなど、乱暴に扱っても問題ないほど強靭だった【バルバルドの風弓】が、少々危険なほど軋んでいる。全力では引かない方がいいらしい。



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